うどんカフェママ・西井紀代子
うどんカフェの日々を書いた、東京新聞の連載を中心に掲載しています。
ちょっと話題が古い物もありますが、そんなこともあったなー、と読んでいただけるとうれしいです。
ジャーナリストとして環境問題に取り組み続け、連載のチャンスを下さった故唐木清志記者へ感謝を込めて

第1回 夫の退職を機に夢を実現

めまぐるしく時が過ぎ・・・

「かけうどん、二つ」
席につこうとするその足で厨房に向かって、こう声をかけてくれるのが常である。昨年12月に「うどんカフェ」をオープンして以来、よく来てくださる年配のご夫婦だ。注文はいつも「かけうどん」に決まっている。

ところがある日、「せいろ蕎麦(そば)、2つ」と聞こえた。一瞬耳を疑ったが、すぐに新鮮な驚きに変わった。うわっ、夏が来た!

思えば、夫の脱サラ、蕎麦屋での修行、私も自分の仕事や子育てのかたわらで店作りの手伝いをし、そして、自宅近くにテナントを見つけて開業、とにかく毎日店を維持するのに精いっぱいの現在・・・とめまぐるしく時がすぎた。季節の変化をしみじみ感じる余裕などなかったのだ。


どんどん膨らんだ夢

夫は「もう嫌だ」と言い出すまでの30数年間、デスクワークをする普通のサラリーマンだった。私は自らの出産体験を基にして、産院情報誌や妊婦さん向けの本を作りインターネット通販などをしてきた。そんな私たちが、夫の退職を機に「うどん・蕎麦屋になろう」と思いついたのだ。

子どもは当時まだ4歳と1歳である。この子を育てながら、経験のない仕事をやっていけるのだろうか・・・と逡巡(しゅんじゅん)することができないのが、私の短所であり長所でもある。

どうせやるなら、自宅の近くに開業して、子どもたちとの時間を大切にしよう。わが子にも、よその子どもたちにも安心して食べさせられるものを出したい。麺は、絶対に手打ちで。コーヒーはオーガニックがいいな。化学調味料や食品添加物、できあいの業務用食品は使わず、すべて手作りしたい。

でも、値段はできるだけ安くして。子ども連れの人もお年寄りも若いカップルもみんなが気持ちよくくつろげる空間を作りたい。どんどん膨らんだ夢を、今、ひとつひとつ形にしているところだ。


うどん一杯、蕎麦一杯に誠意を

冒頭に紹介したご夫婦がいらっしゃると、なんとなく気持ちが温かくなる。いいなあ。こんな夫婦仲良く、素敵に年を取りたいなあ。なんて。でも、こうも思う。人生は穏やかな日々だけではないのだ、どんなににこやかな人でも、きっと。

見知らぬ者同士が「うどんカフェ」という場で出会い、私たちは食事を供し、相手はこちらを信じて食べてくれる。私たちの間にあるのは、うどん一杯、蕎麦一杯だが、それ以上のものをやりとりしているようにも感じる。

だから、麺の一筋にも心を込めて調理したい。たった一度の、通りすがりのお客様でも、精いっぱいもてなしたい。

第2回 おっぱいのちから

ミルクに真似のできない点

このコラムのタイトルを声に出して読んでみたとき、真っ先に浮かんだのは「母乳」という言葉だった。

赤ちゃんは、母乳がないと生きていけない。母乳が出ないときは、その栄養分を模倣して作った「粉ミルク」を飲ませることになる。しかし、たとえば母乳には病気から体を守る免疫力があるが、現代の科学をもってしても、ミルクはこれを真似ることができない。

私が初めての子を産んだ時、母乳は細々としか出なかった。「母乳で育てたい」という一心で、助産婦さんに助けてもらいながら、少量を少しずつ飲ませるうちによく出るようになり、二人の子を母乳だけで育てることができた。

そのころから、子育ての情報や出会いを求めて、育児サークルに参加したり、医師や助産師とともに運営する「かながわ母乳の会」の世話人を務めたりした。8月の上旬に開かれる日本母乳の会の「母乳育児シンポジウム」にも参加する。


「おっぱい、飲んでみる?」

このシンポジウムは、医師や助産師が日ごろの実践や研究成果を報告するものだが、専門家に交じって、友人の原妙子さんが母親の立場から話をする。

彼女は、一人息子を母乳で育てたかったが叶わなかった。その子が2歳のころ、育児サークルに参加するたびになぜか荒れた。悩んだ末、ようやく原因に思い当たる。ほかの子どもたちがお母さんに抱かれておっぱいを飲む姿を初めて見て、ショックを受けたのではないか?


単なる食べ物以上の意味がある

原さんは思いきって「おっぱい飲んでみる?」と息子に聞いてみた。もちろん、母乳は一滴もでないおっぱいである。彼は真剣な眼差しで、まずまぶたで、そして耳で鼻で、乳首に触れ、最後に口に入れた! それからは、おっぱいとスキンシップすることが、母と子の大切なコミュニケーションになり、彼は落ち着いた。

そう、母乳は単なる食べ物ではないのだ。お母さんの腕に包まれ、柔らかな乳房と赤ちゃんと肌が触れ合い、互いに安心して過ごすひととき。赤ちゃんには食べ物と同じくらい大切なものかもしれない。いつでもどこでも、赤ちゃんはおっぱいが恋しくなる。


外出先でも遠慮なくおっぱいを

私が子どものころは、電車の中などでお母さんが赤ちゃんを抱き、授乳する姿を皆自然と受け入れていたように思う。しかし今は、奇異な目で見られることが少なくない。

外出先でも遠慮なくおっぱいをやれればいいなあ。という私の願いが通じるのか、うどんカフェでは授乳風景が珍しくない。

片手で赤ちゃんを抱き授乳しながら、もう一方の手でうどんをチュルチュルやっているお母さん。食後のお茶を楽しむお母さんにつかまって、3歳くらいの子がおっぱいを吸っていたりもする。授乳服や抱っこスリングのフレアーで上手に胸を隠しながら飲ませている、優雅な(?)お母さんもいる。

せめてうちでは、気兼ねなくおっぱいタイムをどうぞ!

第3回 食材の中身を明らかにできるということ

蕎麦とうどんを同じ釜で

手打ちうどん、手打ち蕎麦(そば)を、大きな釜で生からゆで上げる。だから、おいしいんですよ、というのがうどんカフェの自慢である。しかし、実はたまに宗旨替えして、普通の鍋で乾麺を茹でることがある。その理由は・・・・。

ある日、お母さんと娘さんの2人連れがみえて、遠慮がちにこう聞かれた。

「お宅は、蕎麦とうどんを同じ釜で茹でられますか」 真意を測りかねたが、ありのままに「同じ釜」だと答えると、とても残念そうな顔をされた。娘さんは蕎麦アレルギーで、蕎麦の茹で汁で茹でたうどんは食べられないのだという。以前、蕎麦湯を飲んで呼吸困難になったことがあるそうだ。

そこで考えた夫と私。鍋にお湯を沸かして彼女の分は別に茹でよう、ということになった。ちょっと時間はかかったし、ゆで加減はいまひとつだけれど、なんとか美味しく食べていただけてほっとした。


蕎麦アレルギーは深刻

それからしばらくして、今度は2歳くらいの女の子を連れたお母さんがみえて、これまた遠慮がちにこういう。

「乾麺の持ち込みはできますか」と。
「もし蕎麦アレルギーなら、別の鍋でうちのうどんを茹でますが」というと、意外な答えが返ってきた。麺を打つ段階でうどんに蕎麦粉が混じることがある。ほんの少量でも食べると、アレルギー症状が出るというのだ。

手打ちの打ち台はひとつしかない。客席の一角にある打ち台はガラス張りになっていて、一目瞭然である。そこで、乾麺持ち込み、別鍋で茹でる、というパターンをやってみた。小麦や大豆のアレルギーのある人なら、お米の麺とお醤油持ち込みである。

ある日、そんな持ち込みママのひとりに、外食は大変ですか?と聞いてみた。
「うちの子は卵と蕎麦と大豆油がダメだから、手作りのお店で、どんな材料を使ってるかちゃんと話してくれる店しかいけない」という。そんな店をいける範囲で4軒見つけたそうだ。


業務用冷凍食品はバラエティ豊か

蕎麦はわかりやすいが、卵と大豆油は見えないところに入っている事が多い。
私たちが店を始めるとき、食材業者のカタログをみて驚いたものだ。できあいの蕎麦・うどん汁があるのはもちろんのこと。おでん、肉じゃが、鯖のみそ煮まで、チンするだけですぐに出せる業務用冷凍品が揃っているのである。メインの食材はさておいても、油や調味料、食品添加物なども含めると、何が使われているか、すべてを把握することができない。

調理する自分たちが把握できないものは出さないぞ、とその時誓った。アレルギーの方と話をするにつけ、食材の中身を明らかにできてよかったと思う。

冒頭に書いた娘さんのお母さんは、ご夫婦って大の蕎麦好きだとか。
「こんなおいしいものを娘は一生食べれられないのかと思うとかわいそうで」と、笑顔でおっしゃったのだけれど、目には涙がにじんでいた。

※別茹で等を希望される方は、事前にご連絡下さい。トッピングから卵を抜く、などはご注文の時におっしゃっていただければ、出来る限り対応いたします。

第4回 店で聞いた「戦争」

遠い親戚の女性が来店して

8月は、戦争を忘れないためにあるのかもしれない。原爆の日の記念式典、首相の靖国神社参拝が議論を呼び、そして迎えた終戦記念日。いつになく熱心に新聞を読んだり、テレビで映画「ほたるの墓」を子どもたちと見たりした。

こんな8月の上旬、 親戚の女性が二人連れだってうどんを食べに来てくれた。二人とも我が家から遠くないところに住んでいるのだが、 私とは初対面である。私の祖母と曾祖父が、それぞれ彼女らの肉親と兄弟であるということを、話を聞いて初めて知った。

彼女らの父親は揃って職業軍人で、軍港のある佐世保(長崎県)で、幼い頃を過ごしたそうだ。話は当然のようにその頃に戻っていった。

昼時の喧騒が過ぎた店の片隅で、そこだけがタイムスリップしたように、その時代の雰囲気や風景、音までがありありとよみがえった。


お父さんの身に大変なことが

ある日、幼稚園の朝礼で園長先生がこう言ったそうだ。 「今日から米国と戦争が始まりました。みなさんのお父さんやお兄さんは、戦地に行って敵と戦います」

朝礼の後、子どもたちは整然と教室に向かって行進を始める。が、彼女はその流れにくるりと背を向け、一目散に駆け出した。「お父さんの身に大変なことが起きる」と直感し、矢も楯もたまらず家に向かったのだ。 そして、父親に抱き着いて、しばらく離れなかったと言う。

幼い子どもが先生の話の真意を理解し、自分の気持ちに従って行動したことに、私は驚いた。お父さんは、 彼女の行動を咎めず、家まで休まずに駆けて来たことに感心して、誉めたそうだ。

軍人としての信念と、父親としての思いとはどう絡み合っていたのだろう。60年前、真珠湾攻撃のあった日の出来事である。


おばあちゃん、爆弾見た?

さて、八月も後半に入って、子どもたちを連れて夫の母親の家に遊びに行った。ご飯のとき、突然小学校一年の娘が 「ねえ、おばあちゃん、爆弾見た?」と言う。

映画「ほたるの墓」を見ながら、おばあちゃんもこんな経験をしたんだよ、と話したからだろう。

それから始まった戦中戦後の苦労話は、尽きることがなかった。焼夷弾の降る中、子どもをおぶって逃げまどった恐怖、上野に住んでいたころ見た出征の様子、そして弟も戦地へ。食料や燃料の配給はわずかで、嫁入り道具の着物やかんざしはみな食料に交換し、下駄箱まで燃やして煮炊きした。

「東京が焼け野原になって、しまいに高円寺のうちから新宿まで見渡せてしまったんだよ。あのときは、あー、もう私は死ぬんだなあって思ったね」

と、心の底からため息をつくようにして話は一段落した。

気がつくと、話の口火を切った娘はテレビの「ポケモン」に夢中である。戦争を扱ったテレビ番組など見る気もしないというおばあちゃんの、遠くて近い記憶が、彼女の心のどこかに届いただろうか。朝礼から駆けて帰った女の子の話も、私の口から聞かせてやろう。

第5回 たかが一杯に捧げる気持ち

気になるラーメン屋さん

飲食店経営者向けの食品衛生講習会があり、店は夫とパートの人に任せ、丸一日勉強してきた。その昼休みのことだ。

朝来たときから、会場の近くにあるラーメン屋さんが気になっていた。「化学調味料を使わず、利尻昆布、煮干し、豚骨2種、鶏ガラをふんだんに使い・・・・」と表にうんちくが書き並べてあったからだ。

のれんをくぐると、髪を後ろで束ね、ひげをはやした50歳くらいの男性が、カウンターの向こうでラーメンを茹でている。この人が店主らしい。

アルバイトの女性と2人で切り盛りする小さな店だが、店主のラーメンへの思い入れを感じさせる。どことなく、私たちと同じ脱サラ組のにおいがした。


同士と袖触れ合った

ラーメンを注文して待っていると、隣の席の若い男性が、スープをすっかり飲み干した丼とコップを重ねて持ち、「ごちそうさま」と店主に声をかけた。まあ礼儀正しいと驚いていると、さらに、台拭きでその辺をささっと拭いて立ち上がった。

この人、きっと同業者に違いない!

同士と袖触れ合った余韻に浸りながら、一杯のラーメンをいただいた。


スープを残したら

隣の若者にならってスープを飲み干そうかと思ったが、無理をするのも誠実でない気がして少し残した。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

すると店主が、ちょっと顔を曇らせてこう言う。

「油が多かったですか?」
「いえ、とってもおいしいおツユだったんですけど、私にはちょっと辛くて」

そして、もう一度、

「本当においしくいただきました」。

こんな瞬間に、作り手の心に触れたような親しみを感じるのは、うどんカフェを始めてからである。


保育園の手作りカレーライス

子どもの保育園の給食も見方が変わった。

子どもたちの一番人気は、カレーライスだ。ニンニクと玉葱を炒めるところから始まって、出来合いのルーを使わず手をかけてくれている。スキムミルクで仕上げるマイルドな味が特徴だ。

保育園で試食会があったとき、子どもたちが「給食の先生」と呼ぶ若い調理員さんに「ごちそうさま」を言いに行ったら、

「うどんカフェのカレーうどんも本当においしいです」
と、返してくれた。


うどんカフェのカレーも・・・

「そりゃそうです。なんといってもうちはカフェですから、うどんやのカレーでは気が済みません。ニンニクと玉葱のみじん切りを茶色くなるまで炒め、リンゴやニンジンをすり下ろし、スパイスを何種類もパパッと入れて・・・」
なんて、話が弾むのがうれしい。

たかが丼一杯のうどんだが、メニュー開発の試行錯誤や味見や下ごしらえ、そのすべてを捧げるような気持ちである。そんなことを口にしなくても、作り手同士の連帯感みたいなものを感じる瞬間があるのだ。

食品衛生講習会の会場に戻ったら、ラーメン屋で隣り合わせた若者が座っていた。

やっぱり!

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